株式会社日本防災デザインでは、多くの組織でインシデント・コマンド・システム(Incident Command System 以下、ICSと略)を活用した危機管理・災害対応コンサルティングを実施しています。
世界標準として知られているインシデントコマンドシステム(ICS)ですが、日本ではあまり普及しているとはいえません。多くの皆さまに、ICSをご理解していただくべく、これから【日本一わかりやすいICS講座】となることを目指して、解説記事を掲載していきます。
なお、ICSはアメリカのFEMA(米国連邦危機管理庁)が定義しているものですが、日本人がわかりやすく理解できるように、日本防災デザインがその内容を崩さず、独自に編集しております。なお、編集にあたっては、米国ワシントン.D.CにあるFEMA本部を訪問し、"JAPAN ICS"についての打ち合わせを行うとともに作成承諾をいただいております。
より詳しく学びたい方は、株式会社日本防災デザインの研修講座やコンサルティングを実施しておりますので、ご活用ください。弊社への研修・コンサルティングのご依頼は、問い合わせフォームからお願いいたします。
【はじめに】インシデント・コマンド・システムとは何か?
まず、いまご覧になっているあなたは、いつインシデント・コマンド・システムという言葉を聞きましたか?きっと、この言葉に興味を持ち、検索し、このコラムにたどり着いたのではないでしょうか。
本コラムが始まる前に、インシデント・コマンド・システム(以下、ICSと略)の簡単な背景と成り立ちについてお話をさせていただきます。
ICSとは、米国で開発された災害現場や事件現場などの緊急時における標準化された組織マネジメントの手法です。
インシデント・コマンド・システムを日本語に簡単に訳すと
インシデント(Incident)=事態
コマンド (Command)=指揮・命令・調整
システム (System)=仕組み
という意味になり、「災害対応の指揮命令の仕組み」とも言えます。
インシデント・コマンド・システムを学ぶと得られること
3.11の東日本大震災でも、多くの組織が直面した問題は、
「情報が入ってこない」
「何をして良いのかわからない」
「現場と本社の適切な連携が取れない」
「優先順位がわからない」
「行政や警察、消防といった他機関と連携が取れなかった」といった組織のマネジメントの問題が浮き彫りになりました。
こうした組織におこる様々なコミュニケーションの弊害を取り除き、効率的な災害対応を行うために作り出されたのが、ICSという災害時の標準化されたマネジメント手法なのです。
「災害に対する効果的な組織体制の作り方」
「指揮・命令系統の作り方」
「情報共有のあり方」
「復旧現場と本社・災害対策本部の役割」
「組織内連携の効果的な連携」
「外部の多機関との連携」
を学ぶことができ、組織の災害対応における初動対応の効率化を実現することが可能になります。
インシデント・コマンド・システムが生まれた背景
ICSの起源は、アメリカのカルフォルニア州の森林火災から発します。米国の森林火災は、州を跨ぎ、広範囲で大規模災害になるため、消火や復旧にあたり、消防、警察、軍、行政、ボランティアなど多くの人が活動に参加することになります。
しかし、一人の司令官では裁ききれないほどの情報が一度に集中します。また、周辺地区の消防隊、警察、消防団も応援のため駆けつけましたが、お互い言葉の意味を取り違えたり、指揮命令系統が不明確だったりと大変混乱しました。そのため、広域災害や多機関連携の難しさから標準化が進み、1970年代に消防によってICSは開発されはじめ、徐々に他の行政機関などでの利用が拡大していきました。
また、2001年全米同時多発テロ事件を受け、消防だけでなく、テロ対策や緊急事態にも対応できる危機管理マネジメント手法として発展します。
2003年ブッシュ大統領が大統領令としてHSPD-5 (Homeland Security Presidential Directive /HSPD-5, February 28, 2003 )に署名し、全米のあらゆる組織に対してICSをベースとした米国事態管理システム (NIMS:National Incident Management System ) を採用するよう指令・通達が出されました。こうした背景から、米国では危機対応における組織マネジメトして ICS がその中核に位置付けられるようになりました。2005年の1300人以上の死者を出したハリケーン・カトリーナの災害対応において、ICSが活用されました。
日本では、2011年の東日本大震災以降、日本でもICSの必要性が重視されるようになり、民間では原子力発電所での導入もなされるようになり、行政としては中央防災会議の防災対策実行会議の下に設置された災害対策標準化推進ワークグループや関係府省庁でのワークグループ で実働に向けた検討がなされています。
ここまで、ICSについて概要と背景をお伝えをさせていただきましたので、これからのコラムで、ICSを一つ一つ丁寧にお伝えをさせていただきたいと思います。
第1回目は、インシデント・コマンド・システムにおけるインシデントとは何かについてお伝えします。
【第1回:日本一わかりやすいICS講座】インシデントってなに?〜なぜ花火大会は災害とならぶなのか?〜
今回、ICS(インシデント・コマンド・システム)の前にインシデントについて、ちょっと詳しく触れてみたいと思います。
ICSがアメリカで開発されたシステムであることは前述の通りです。アメリカのFEMA(米国連邦危機管理庁)は、インシデントを「生命・財産・環境を守ることが必要となる自然または人為による事件・事象のすべて」と定義しています。
ちょっと話が難しいかもしれませんが、ついてきてくださいね。
インシデントと聞いて、皆さんは具体的に何をイメージするでしょうか?身近で起こるかもしれない事柄を思い浮かべてみてください。
地震、津波、台風、土砂崩れ・・・。こんな言葉が自然に浮かんできたかもしれません。これらはすべて自然災害ですね。この他にも9.11のようなテロなども災害(人為的災害)と言えますし、工場の中で化学物質が爆発する事故も立派な災害(技術災害)です。
さて、この章のタイトルにも使われている「花火大会」も、実はインシデントの1つであると捉えるべきなのです。いきなりそんな話をされても、あまりピンとこないかもしれません。
皆さんにとっても記憶に新しいかもしれませんが、2001年に兵庫県で開催された花火大会では、混み合った歩道橋で多くの人が雪崩のように転落し、巻き込まれた方々から多数の死傷者が出るという悲劇がおきました。そう考えると、楽しい花火大会そのものは災害とは言えませんが、確かに災害につながる要因を含んでいることになります。
そのような観点から、花火大会も立派なインシデントとして位置付けています。花火大会に限らず、コンサートやスポーツ観戦といったイベントごとはすべてインシデントになります。もしかしたら、こういった大人数が集まる場所では、混雑や交通渋滞が起きる可能性もありますし、最悪、テロを企てている犯人が潜んでいる可能性だってなくはありません。そう考えただけでも、それに備えた対策が必要って考えますよね。
ここまでの話を読んでみていかがでしたでしょうか?災害とひとことで言っても、実に幅広く捉えていることがわかります。地震や台風などのように「起こることが分かっていること」だけが災害ではありません。花火大会やコンサートなどのイベントも「もしかしたら大ごとに発展するかもしれないこと」も立派な災害です。楽しいイベントを楽しいまま終わらせるためにも、何らかの対策が必要になってくるのです。
ICSでは、これらすべてをひっくるめて「オールハザード」として、「起きてしまった災害」だけでなく「これから起きるかもしれない災害」にも、正面から向き合っていこうとするものです。次回は、もう少し詳しくオールハザードに触れてみます。
文責: 志村邦彦
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日本一わかりやすいインシデント・コマンド・システムのコラム一覧
【第1回】インシデントコマンドシステムの概要・インシデントとは何か?
【第4回】インシデントが起きたら初めにやること①:まずは指揮者(Incident Commander)を決めよ
【第5回】インシデントが起きたら初めにやること②:被害状況を把握せよ
【第6回】インシデントが起きたら初めにやること③:「何はともあれ人命優先」が危機対応の最大原則
【第7回】インシデントが起きたら初めにやること④:メンバーのチェックイン、チェックアウト
【第14回】インシデント・コマンド・システムにおける目標設定
【第15回】計画(IAP:インシデントアクションプラン)を立てる
【第16回】事態対処部門(Operations Section)の役割・組織編成のやり方
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