事態対処部門(Operations Section)は、ICS(インシデントコマンドシステム)の組織の中で、もっとも重要な役目を果たす部門となります。今回は、その事態対処部門の役割・具体的な組織編成のやり方について詳しく説明していきます。
事態対処部門(Operations Section)の役割
事態対処部門(Operations Section)の役割は何でしょうか。
- 被災者がいるならば救助する
- 行方不明者がいるならば捜索する
- ビルが燃えているならば消火する
- 怪我人がいるならば治療する
このように、事態を収めるために必要な活動内容を決めて、実行する現場第一線部隊のことです。
通常、インシデントが起こったときに真っ先に設置されるのが、こちらの事態対処部門(Operations Section)となります。そしてこの部門には、次の大切なことが委ねられます。
- 上記のような、やらなければならないことがあれば、現場で応急対応をする
- 状況把握・評価(Size up)をする
- インシデント概要説明会議に報告する
まずは、この際前線部隊からインシデントの初動対応が始まります。 Planning Pのサイクルも動き始めるのです。
全ての戦術レベルの任務がこの事態対処部門(Operations Section)で遂行されます。
ICSの組織において、一番多くの人員が割かれるのもこちらの部門です。もっとも規模の大きいインシデントレベル1ですと、全体で500人以上もの人員で、そのうち事態対処部門には200人以上の配備が必要となるという定義です。(詳しくはこのコラムの第3回をご覧になってください)
それだけ中心的な役割を担う事態対処部門をどのように編成するかは、災害対応の実効性を高めることに繋がります。当部門の編成の良し悪しが、直接的に現場第一線の成果を決めます。
そしてその編制の仕方もいろいろなパターンがあるので、それをどのように組み合わせて、最も効率的な災害対応を実践するかは、現場指揮者と事態対処部門長の力量によるとも言えます。
甚大災害では、消防や警察・自衛隊の公助をあてにしても、企業には手が回らず、「自助」で凌ぐ(しのぐ)時間が長くなることは、このコラムの第15回で触れました。でも、事態対処部門の組織編制に会社を挙げて取り組もうとする企業はほとんどありません。3.11を経験した日本ですが、残念ながら、自助に対する当事者意識が薄いのがこの国の現状かもしれません。
弊社は多くの企業さま向けにICSの研修やコンサルティングを行なってまいりましたが、真っ先に行うのが事態対処部門の組織編成エクササイズです。
事態対処部門の組織編成①:小規模なインシデントの場合
住宅で起きた小火をイメージしてください。事態を収めるために、どんな機能が必要になるでしょうか?
- 家の中に残っている人がいないか捜索・救助しよう
- 周辺に被害がおよばないか見張りをしよう
- 怪我人がいたら救急車が来るまで治療にあたろう
こんな形で出てくると思います(現実ではこんなキレイにはいきませんが)。必要な機能に対して必要な人員が割り振られます。ちょうど、以下のような編成になるでしょう。
この組織編成は比較的わかりやすいのではないでしょうか。このように事態対処部門長(Operations Section Chief)の下に、個人別につながる組織をシングルリソースと呼びますが、呼び方はとにかく、一番単純な組織編制としてそのような形があることを、まずはご認識ください。
事態対処部門の組織編成②:大規模なインシデントの場合
問題になるのが、地震、津波、土砂災害といった規模の大きなインシデントの場合です。必要な機能は変わらないかもしれませんが、そのための人員はもっとたくさん必要そうですね。
とはいえ、集まったメンバーを部門長ひとりで指揮命令できるものでもありません(コラム第10回で、お話ししたスパンオブコントロールのことです)。
このように、インシデントの規模が大きくなった場合のシングルリソースの次にくる組織編成のやり方はチーム(Team)であり、大きく分けて2パターンがあります。
- 専門職ごとに分ける(ストライクチーム)
- 様々な人材を一つのチームに入れる(タスクフォース)
①専門職ごとに分ける(ストライクチーム)
医療は医者と看護師
消火は自衛消防隊
周辺警戒と警備は警備員
こんな形で、それぞれの専門職ごとにチームを分ける方式がストライクチームと呼ばれるものです。「餅は餅屋に」ということですね。
怪我人が多い
救護人員がたくさん必要だ
そのような場合には、医療チームA・医療チームBといった形でチームを分けましょう。
こんなことをモジュラー型組織編制(コラム第9回参照)と呼びます。でも、どんな場面でも、スパンオブコントロールの原則を忘れないでくださいね。
②様々な人材を1つのチームに入れる(タスクフォース)
「炊き出し(現場対応しているメンバーたち向けの食事づくり)担当」のような場合には、何か専門職みたいなものがあるでしょうか?
それこそ、主婦の方とか学生さんが応援しても問題はありませんよね。
- 炊き出し
- 被害状況の調査
このように、やるべきことは決まっているけど、そのための専門職はなく、色んなバックグラウンドのメンバーが集まって編成されるチームをタスクフォースといいます。
ストライクチームでもタスクフォースでも、それぞれのチームの中で必ずリーダーを立てて、メンバーは自分たちのチームリーダーの指揮命令の元に動きます。
事態対処部門の組織編成③:現実の組織編成はこうなる
「ストライクチームとタスクフォース、どちらを採用すればよいの?」
こんな疑問も出てくるかもしれません。答えは、必要に応じて両方を使い分けるです。大規模なインシデントの場合には、ストライクチームとタスクフォースが以下のように入り混じった組織編成になるかと思います。
人員救助も怪我人の治療も必要です。一方で、長丁場の対応になるならば、彼らのための炊き出し班も出動させたいところです。
会社の場合なら産業医や看護師、自衛消防隊、警備員といった各分野の専門職から、工場勤務者、事務職員、管理職まで、いろいろな職種の人たちが、適材適所で事態対処にあたるのです。
災害対応は、特定の人たちだけがするものではありません。社員のだれもが協力して、分業するのです。どうか当事者意識を忘れないでくださいね。
事態対処部門の組織編成④:組織編制のバリエーション
・インシデントの事態が大規模化してきたら、「機能別にチームを束ねてグループを作る」のもありです。
・更に事態が複雑化してきたら、「機能別にグループを束ねて支部(ブランチ)を置く」こともできます。
・事態対処にあたるエリアが広範な場合には、「エリアごとにチームを分けて、各エリアの中に必要なチームを入れて支局(ディビジョン)を置く」のもありです。
以下のような形で。
このエリアごとに支局(ディビジョン)を置いたり、機能別に支部(ブランチ)を置いたりするパターンは、企業の場合は、地方や海外の支店を束ねたり、グループ会社を束ねたりするのにも、活用できそうですね。
組織編制のポイントは、現場第一線で必要とする機能は何かにより、それに応じて、モジュラー型組織編制により、下位の組織階層(レイヤー)から上位の組織階層(レイヤー)へと拡張していくことです。
弊社の研修における組織編成のケーススタディの中で、いちばん時間を割かなければならないのが、こちらの事態対処部門となります。
インシデントの種類、規模などに応じて、どのような組織編成・対応戦術が必要になるのか、ケーススタディを通して徹底的に身体にたたきこむのです。過去の災害から得られた貴重な知見を織り込んだケーススタディを、繰り返し繰り返し、実施することでしか、組織編制能力を高める道はないのです。
綺麗な組織図を作ることが目的ではありません。目的は、状況に応じた最適な組織および戦術を造る経験知を積み上げることなのです。
文責: 志村邦彦
ご質問・お問合せ:shimura©jerd.co.jp (©を@マークに変えて送信ください)
日本一わかりやすいインシデント・コマンド・システムのコラム一覧
【第1回】インシデントコマンドシステムの概要・インシデントとは何か?
【第4回】インシデントが起きたら初めにやること①:まずは指揮者(Incident Commander)を決めよ
【第5回】インシデントが起きたら初めにやること②:被害状況を把握せよ
【第6回】インシデントが起きたら初めにやること③:「何はともあれ人命優先」が危機対応の最大原則
【第7回】インシデントが起きたら初めにやること④:メンバーのチェックイン、チェックアウト
【第14回】インシデント・コマンド・システムにおける目標設定
【第15回】計画(IAP:インシデントアクションプラン)を立てる
【第16回】事態対処部門(Operations Section)の役割・組織編成のやり方
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