日本防災デザイン代表の志村邦彦です。
来週から防災週間が始まります。今回はそのような時節にちなみ、危機対応訓練に関して、経営者や管理者が留意すべき点について述べてみたいと思います。中段には「確実に危機対応力をアップする虎の巻」コーナーもありますので、よろしくお付き合いください。
株式会社日本防災デザイン 代表・志村邦彦
【プロフィール】2011年3月11日の東日本大震災を東京電力の執行役員として経験。災害時における効果的な組織体制づくりの必要性を認識し、当社を創業。
「防災について」何が一番気がかりですか?と伺うと、、、
「今やっている訓練の実効性がよくわからない」
「本当に災害が来たときに、果たして役に立つのだろうか」
経営者の方々に「今の防災について何が一番気がかりですか」と伺うと、多くの反応として上記のようなことを耳にします。
このような本音がポロリと出てしまうという事は、「まだまだ、危機対応に関して、取り組むべき課題が山積しているのかな」と感じたりすることもあります。
「経営について」何が一番気がかりですか?と聞かれたら、、、
仮に、経営者の方々が「今の経営について何が一番気がかりですか」と聞かれたら、「新型コロナウイルス禍がいつまで続くのか」とか「米中の対立が経済に及ぼす影響が読み切れない」とか、通常ならば経営の「外部環境要因」を挙げることでしょう。
「内部管理要因」に焦点をあてて「今やっている営業の実効性がよくわからない」とか「本当に今の経営計画は役に立つのだろうか」と経営者が答えたら、株主からは「経営者失格だ!」と大目玉を食らうかもしれません。内部要因のマネジメントは経営者の責任です。そして、「危機対応」も重要な内部管理事項です。経営のコミットメントが必要です。
危機対応にも「勝ち、負け」がある
・一人の死者や負傷者も出さずに災害対応を乗り切った、
・工場移転や建物の強度を高めることにより操業に支障をきたさなかった
・困難な時期でも黒字決算を出した
危機対応において、その危機を正しく想定して、事前に訓練やマニュアルを磨き上げ、上記のような状態を作り上げたら(感覚的ですが)「勝利」と言えるかもしれません。
その逆に、大きな人的犠牲、物的犠牲、経済的な打撃を受けた場合は、「敗北」とまでは言わないまでも「○○の悲劇」などと表現されます。
良ければ良いなりに、悪ければ悪いなりに、経営の結果責任は問われます。
危機対応も経営マネジメントと同じPDCAサイクルで回ります!
経営マネジメントがPDCAサイクルで回るように、危機対応もP(計画)、D(訓練)、C(評価)、A(改善)で回ります。それぞれの段階で、経営者が危機対応で「勝つ」ために何を留意すべきかを述べていきます。
P:「計画段階」で留意すべきこと
P-1:計画立案に必須の前工程(リスクの抽出・分析・評価)
Pはもちろん計画ですが、その策定に必要なことは、リスクを「洗出し」→「分析し」→「評価し」→「対応策を選定」することです。
P-2:対応策における定石(回避、軽減、転嫁、受容)
対応策には、「リスク回避」、「リスク軽減」、「リスク転嫁」「リスク受容」があり、それぞれに経営者は責任を持つことになります。
例えば、「地震があっても、安全を確保しながら、円滑に操業を続ける」という目的を達成するとしたら、次のような選択肢が考えられます。
リスク回避:断層や地滑りの危険がなく、津波の影響もない場所へ全面的に移転等
リスク軽減:建物の耐震性強化、転倒物の固定等
リスク転嫁:地震保険への加入等
リスク受容:避難訓練、復旧想定演習等
全てを実施できる訳ではないので、想定する影響の大きさや、発生の確率や、費用対効果等を考慮しながら、どこまでを目標(危機対応目標)として、何をやるかを決めます。発災後に、その目標通りに事が進めば、「勝ち」となり、そうでなければ、「負け」もしくは「悲劇」で終わります。
ここまでは、通常の「危機管理」とか「リスクマネジメント」とかのテキストに書いてあることですが、計画立案に関する次のステップまではあまりご覧になられたことがないかと思います。
P-3:確実に危機対応力をアップする5つのステップ(虎の巻)
上記で、さらりと「どこまでを目標(危機対応目標)として、何をやるかを決めます」と書きましたが、本当はこの中に、危機対応力アップのカギがあります。
そのプロセスは、標準的には、次の5つのステップを踏みます。
1.脅威とリスクに対して求められる目標と、目標達成のために必要な機能(能力)を抽出します。
2.目標をより具体化・明確化し、そのために必要な機能を関連付け、評価要件(求められる機能に必要な行動要件)を定義します。目標達成に効果もたらす演習シナリオを考案・作成します。
3.初期シナリオのチェック及びそれに合わせたタイムラインを構築します。
4.目標達成に必要な行動、条件及びその評価基準を確定します。訓練の対象となるイベントと提示課題を決め、必要に応じて追加課題の注入・配信タイムラインも設計します。タイムライン上では、主催者、訓練対象者及び全ての参加者の行動を時系列で明らかにします。その過程で、関係機関や関係者との調整も行います。
5.実施に必要な全ての提示資料・配布資料、資器材の準備を完了し、評価基準・評価チーム・評価様式の編制を完了し、イベントおよびタイムラインに応じた演習・訓練の実施が可能であることを確認します。
D:「訓練段階」で留意すべきこと
D-1:組織の危機対応能力がどの程度のものかは、すべて訓練に現れる
「今やっている訓練の実効性がよくわからない」と経営者が感じるのであれば、訓練の目的・目標を経営者が理解していないか、訓練そのものに欠陥があるということです。
ご認識いただきたいことは、「組織の危機対応能力を知りたいなら、それは訓練の評価で調べるしかない」ということです。本番(発災時)には、丁寧なプロセス評価などやっていられないのです!本番で、残るのは結果だけです。
D-2:危機対応力の重要な要素としての計画立案力
いかに先を読んで次なる行動を描くことができるかということは、危機対応の重要な要素です。訓練のシナリオ創作やタイムライン作りは、たいへんでも、組織内のメンバーが主体的に取り組むことで、組織内の危機対応能力は高まります。計画の段階から訓練は始まっています。
逆に、訓練のシナリオが十分描けない組織には、本番でのまともな対応を望みようもないのです。なぜなら、甚大災害であれば、発災以降に、何回も「対応目標設定→対応策選定→組織改編→資源投入」のシナリオを描きづづける必要があるからです。
D-3:危機対応力を支える基盤整備
「今やっている訓練の実効性がよくわからない」という背景に、以下のようなことが考えられます。
・訓練そのものの指揮統率ができていない
・行動も緩んでいる
・内部コミュニケーションが円滑でない
・広報活動などの発信も十分でない
その原因としては、「必要な、共通言語や共通概念が確立されていない」「マニュアル、書式、会議体運営規定(プロトコル)が整備されていない」基本的な整備ができていなのかもしれません。本番での調整ができるだけ少なくなるよう基盤整備もチェックしてはいかがでしょうか。
繰り返しますが、「自分の組織の危機対応能力がどの程度のものかは、すべて訓練に現れている」のです。実力を本番で調べることはできません。本番では、初動対応に全勢力・全資源を投入すべきことは論を俟ちません。
C:「評価段階」で留意すべきこと
C-1:危機対応了の評価方法は確立されている
「組織の危機対応力を客観的に評価できるか?」と問われれば、答えは「できます!」です。決められた手法や体制やフォーマットも確立されています。
危機対応力評価をきちんとやろうとすれば、評価チームを編制して、どのような観点から、どのような手法で評価をするかをあらかじめ決めておいて評価をし、それをフィードバックする手順になります。しかるべき「仕掛け」が必要になるのです。
「評価チームの編制規定」「訓練評価項目・手法ガイド」「評価者訓練」まで、整備されている例を目にする機会は、ほとんどありません。
ここに経営者のコミットメントが必要となってきます。本当に評価しようとする気持ちがトップに無ければ評価はできません。
C-2:事なかれ主義で終わらせたい
もう一つ経営者のコミットメントが必要な背景としては、防災担当の幹部から担当者まで、訓練は「ご苦労さま」だけで終わらせたいのが本音ではないでしょうか。
「ある程度まで、手順を予め決め(P)、訓練は滞りなくやった(D)のだから、いろいろ言われたくない」という気持ちも分からなくはないのですが、それでは、訓練した意味がありません。そんなことでは複合災害時代を乗り切る危機対応力は醸成されません。
失敗や円滑に進まないことが分かって、改善することが訓練の目的です。危機対応力向上とその評価は一体です。「評価なくして訓練成果なし」と言っても過言ではありませんが、総じて日本の組織は、チェックへの力の入れ方が弱いという感は否めません。経営層のコミットメントを期待したいところです。
A:「改善段階」で留意すべきこと
A(Action)の段階で留意すべきことは、「最終評価は組織内で行う」ことです。
どんなに良い訓練をして、良い評価を得たとしても、それが実際の「態度変容」「思考変容」「規定・マニュアルの更新」「次なる目標の設定」等の改善に結びつくことがなければ意味がありません。
アフター・アクション・レビュー(AAR)と言われ、元々は戦士が戦場での戦い方を、主体的に振返り、主体的に改善のあり方を考え、次なる戦いに向けて、チームとして纏めていく手法です。今では災害対応にも転用されています。
各組織や仕事の内容は、千差万別です。それぞれの訓練参加者が、自分の意思決定や行動実績を振返り、自分の職場や仕事を踏まえたうえで、主体的に危機対応上の問題点や課題を見つけ出すプロセスが大切です。ここで出されたことが、自分たちの次なる課題になり、自分たちの次なる到達レベル設定になり、自分たちの鍛錬の動機となることが、真の危機対応力向上になるのではないでしょうか。
以上、危機対応の訓練について、そのPDCAサイクルの段階ごとに留意点を見てきましたが、いかがでしょうか。それぞれの留意点を踏まえ、経営者が主体的に訓練の見直しに取り組まれたら、「今やっている訓練の実効性が分からない」とか「本当に役に立つのか」という疑問はなくなるし、「勝てる」危機対応訓練に生まれ変わるのではないでしょうか。
今回のコラムは、基本的には米国国土安全保障省の国家事態管理システム(NIMS)、インシデント・コマンド・システム(ICS)及びそれに関連する米国基準をベースとしています。
複合災害時代の今、その対応はますます複雑化しておりますが、その際に、上記のような基本的な考え方を組織内のナレッジとして保有しておくことは、経営者がコミットする際の拠り所になるのではないでしょうか。。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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