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果たして公助に頼らず共助・自助で乗り切れるか?

複合災害列島化する日本
果たして公助に頼らず共助・自助で乗り切れるか?

2020.08.17

日本防災デザイン代表の志村邦彦です。

今回は、「複合災害列島化する日本において、果たして公助に頼らず共助・自助で乗り切れるか?」について触れてみたいと思います。


株式会社日本防災デザイン 代表・志村邦彦
【プロフィール】2011年3月11日の東日本大震災を東京電力の執行役員として経験。災害時における効果的な組織体制づくりの必要性を認識し、当社を創業。

防災週間を迎える複合災害列島日本

間もなく、9月1日の防災の日を迎え、そして防災週間も始まります。全国各地で、例年とは同じ形ではないものの、さまざまな防災に関する催しが開催され、防災を考える機会も増えるものと思います。

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからぬまま患者数は増加を続けています。一方で「危険な暑さ」が連続し、熱中症の多発による救急搬送や死者の報道が毎日されています。こんなシビアな状況に晒されている日本は、十分に複合災害列島化していると言えます。

それに加え、これから台風シーズンに突入して、強風、浸水、地滑り、土石流等が発生したら「日本はほんとうに大丈夫なのか」と、国民のだれもが、多少なりとも不安を感じるところではないでしょうか。

先月末には緊急地震速報が出され(結果としては誤報でしたが)、改めて首都直下地震(2013年に今後70%の確立で発生と想定された)の存在を再認識する機会となりました。

3つの悪化:被害の甚大化、範囲の拡大、頻度の増加

ここ数年の災害状況を振り返れば、台風にしろ、集中豪雨にしろ、地震にしろ、それが時間の経過とともに影響度を強めています。

どの災害をとってみても、被害は甚大化しているし、影響範囲は拡大しており、頻度も増えています。まさに、三拍子そろって災害が悪化している状態です。

一部地域に限定される事象ではなく日本のどこで起きても不思議ではありません。しかも特定の時期だけの発生ではなく一年中、また、翌年以降も発生しそうに思えます。

そこで、防災の日を前に、複合災害列島化しつつある日本において、改めて「災害に対してどのように向き合うか」を考えてみたいと思います。

新型コロナウイルス禍で見えてきた「公助の限界」

いろいろな方々が、いろいろな視点からコメントされていますが、危機対応(主に災害対応)の観点からすれば、一つには、医療機関の収容力やマンパワーの不足は、現実的な問題として見えてきました。

一方、医療現場の重傷者対応の逼迫に注目が集まっていますが、実際には、保健所や消防の救急隊でも、厳しい状況が続いていると伺っています。

ちなみに、首都直下地震の被害想定によれば、焼失家屋が最大41万2千棟、揺れによる建物被害に伴う要救助者だけでも最大約7万2千人とされており、公設消防と警察だけで、消火・救助・緊急搬送のすべてをまかなうことができないことは明らかです。

病院も被災することも考えれば、医療体制も同様で、重傷者はもとより負傷者の対応で、早々にパンクすることは想像に難くありません。トリアージ(限られた医療体制の中で、負傷者の治療や搬送に優先順位をつけること)のような考え方の採用は不可避で、軽傷であれば、自助で凌がざるを得ないのかもしれません。

生活必需品(水・食糧・医薬品・燃料等)の配布においても、同じように公助の限界を超えるであろうことは、今回のマスク騒動で、現実味を帯びたのではないでしょうか。

公助の限界を超えた時に共助・自助で耐えうるか?

残念ながら、その答えは、今の日本の現状では、「No」だと思います。

国家の危機に協力しようとする国民性は評価に値するし、防災に対する意識も高いと思います。しかし、危機対応に際して、具体的に何をしたらよいかという行動基準があるわけでもないし、そのような教育もほとんど受けたことがなく、当然、ノウハウを持ち合わせていないのが実状だからです。

災害を共助・自助で乗り切る3つの考え方

そのような状況下で災害が起きたとき、公助に頼らず自助で乗り切るには、どんな考え方で臨むべきでしょうか。

1.公助に頼らない覚悟があるか

私たち日本人の心のどこかに、「どんなに自分が危機に瀕しても、勇敢なプロたちがやって来て、消火、捜索・救助、医療、インフラ復旧等をつつがなくやり遂げて、最終的には自分たちを助けてくれるだろう」と期待する気持ち(災害シンデレラ・コンプレックス?他者依存心?)がありはしないでしょうか?

公助の限界が見えていて、市民として何とか貢献しようと思うなら、まずは、それら専門家の手を煩わせることの無いように、「自分たちでできることは極力自分たちでやる」という主体的な「決意」が必要なのかもしれません。白馬に乗った王子様が助けに来ても、万民に手を差し伸べることはできないのです。

「そもそも被災するような場所に住まない」、「倒壊したり、直ぐに燃え出したりする家には住まない」というのは極端かもしれませんが、「十分な備蓄をして避難所や配給のお世話にならない」とか、「要介助の方の避難が必要であれば、地域住民で自己完結する」などは出来そうです。

2.公助の活動を効率化するための訓練を受け、知見を持っているか

「公助」が効率的、効果的に活動するために、次のようなスキルと知見を、どれだけの市民が身につけているでしょうか。そのための教育を受けたことがあるでしょうか。

・災害現場の状況や被災者の負傷状況などを的確に報告できる、
・危険個所の指摘と安全な進入路への誘導ができる、
・簡易な救助・搬送ができる、
・必要な応急措置ができる、
・上記を行う際に基本となる考え方(自らの安全確保第一、やって良いこといけないこと等)を知っている

3.どれだけ自分の労力を提供する覚悟があるか

「公助」の方々の業務負荷を軽減するには、ボランティアなどのマンパワー提供がどうしても必要となります。片付けや荷物運びの労力提供も大切ですが、高い事務処理能力とか、システム構築力とかも役立ったと伺っています。お一人おひとりが、持てる力で貢献できることが沢山あります。

ところが、日本人の意識として、ボランティアに参加する人は奉仕の精神の高い人で、自分とは関係ないと思っている人が多いのではないでしょうか。そのままの考えですと、避難所に行っても働く側に回るのではなく、お客様側になってしまいます。

普段から、消防団に加入する、組織や地域の自衛消防組織に参画する、地域のボランティアセンターに登録するのが理想です。そこまではできないとしても、甚大災害の際には、家族の安全が確保できたら、自分はどこの組織で何をするかぐらいは考えておいてもよいのでなないでしょうか。

そのような、「市民参加についての啓蒙活動や教育」も行われていないとは言いませんが、十分に行われていないのが実状です。

日本の危機対応:法律を読み解いても何をすればいいのか分からない

災害対策基本法では、国、自治体、事業者(企業)、市民の役割分担が決めてあり、地域ごとの防災計画は都道府県知事が策定し、実際の災害対応は、原則市町村長が行うという建付けになっています。

同法における市民の義務としては、「自ら災害に備えるための手段を講ずるとともに、自発的な防災活動に参加する等防災に寄与するように努めなければならない」とされています。「自助と共助に努めよ」ということですが、具体的には地域防災計画から読み解くことになります。

膨大な量の地域防災計画

自分のお住いの都道府県の地域防災計画(以下計画)をご覧になられたことはあるでしょうか?ご覧になれば、まず驚かれるのは、その量の多さです。

東京都の計画は、震災編(840頁)、風水害編(551頁)、火山編(376頁)、原子力災害編(26頁)、と本編だけでも、4災害種別に対し 2,018頁にも及びます。

神奈川県の計画は16災害種別 604頁、埼玉県の計画は6災害種別 602頁、千葉県の計画は6災害種別に対し 668頁になります。

そして、都、県の地域防災計画を受けて、各区市町村の地域防災計画が更に策定されています。
注)頁数は各都県のホームページにおけるPDF頁数。資料編・マニュアル等を含まず。

災害種別ごとの対応計画

各計画は、上記に示す通り、災害種別単位に記載されています。(複合災害についての記載があったのは埼玉県だけ)

地域で起きた過去の災害実績とその教訓の伝承、今後の被害想定、施策および施設整備、通信ネットワーク整備、避難対策、医療体制等が、災害種別単位で計画されています。

法律の延長線上には、共助は読み取れない

災害種別ごとに、その地域で起きた歴史的経過を踏まえ、地勢、地質、社会環境等から被害を想定し、減災のためにどのような予防策、発災時対応策、復旧策を構築するかという流れは論理的です。

一方で、国や自治体の流れはわかるものの、市民や事業者目線に立てば、「共助・自助とはどのようなことをするのか」というような具体的な行動レベルでの記載はありません。

(東京都の発行した防災ブック『東京防災』やパンフレット「東京くらし防災」は「自助」はカバーしていますが、「共助」については、ほんの一部の紹介にとどまっています)

市民目線、事業者目線の行動基準の必要性

防災責任者などの一部の人を除いて、市民や民間の事業者(除くインフラ事業者)が、災害種別ごとに何百ページにわたる地域防災計画書を読み込んで、共助行動を起こすことはほとんどあり得ないと思われます。官主導の法律なので、民には、肝心なところ「自分たちは何をどう協力すべきか」が分からないからです。

災害対応の8割は共通の内容のもの

一般的に、どのような災害であっても、その対応の8割は同じ内容と言われています。

「どのようにリーダーを決め」
「どのように組織編制をし」
「どのように資源を調達・配分し」
「どのように救助し応急手当をするか」
「どのように応援を要請するか」

さまざまな災害対応に共通する横ぐしを刺した行動標準でもなければ、東日本大震災の時の私自身のように、発災後に、なすすべもなく茫然自失することが、繰り返されてしまうかもしれません。

(3.11の時には、自治体の方々も、基本法も地域防災計画もありましたが、実際は、多くの方が、「何をして良いのか分からなかった」と述べています。政府主催防災担当者研修にて)

官主導の「タテの糸」と民間参加の「ヨコの糸」 織りなす布は、、

災害対応基本法および地域防災計画がタテの糸だとすれば、災害全般に共通する行動標準のヨコの糸で、織りなす布となることで、市民や民間事業者の「共助」も得られ、結果、「公助」も助けられて、日本の危機対応力の本格的な向上がはかられるのではないでしょうか。

米国で機能するヨコの糸・タテの糸|日本でうまくいかないのはなぜか?

米国の場合はヨコの糸が中心で、「国家事態管理システム(NIMS)」という国家標準が定められており、すべての災害(All Hazard)に対して、指揮・統制の基準として「インシデント・コマンド・システム(ICS)」を適用することが義務化されています。

市民(ボランティア)もNGOも、すべての組織、個人がICSの中で動きますので、参画した人間は、自分が全体のどの機能を担っているのかを認識できます。

また、共助のあり方も「市民向け緊急時対応訓練(Community Emergency Response Team:CERT)」として確立されており、全米に広く普及し、市民はその意義と役割を認識し「公助」を支えるシステムとなっています。

米国のタテの糸としては、連邦政府として緊急時に支援する機能(Emergency Support Functions:ESF)として15種類があげられ、「どの担当機関(省庁含む)が主幹となり、何をするか」が予め明示され、発災以降の省庁間調整を少なくするよう工夫されています。

残念ながら、今の日本にはヨコの糸がすっぽりと抜け落ちてしまっています。教育も訓練も行われていないので、前述の「1.公助に頼らない意識」とか「2.国民が一体となって公助の効率性を高める知見」とか「3.主体的に危機対応に参画する意識」が育まれないのも当然なのかもしれません。

ヨコの糸の強化が早急に求められる日本

コロナ禍に端を発して、日本は、仕事ぶりも暮らしぶりも社会構造自体も、後戻りのない大変革が始まったと言われています。複合災害列島日本の災害対応のあり方も、官主導のシステムから、市民・民間を巻き込んだ国家全体のシステムへと変革をするときに来ていると思料します。

国民の生命と安全・安心を担保するために、一部の専門集団だけが、苦悩して疲弊する状況から、国民全体の熱意と英知を結集して危機に臨む社会システムを構築し、国家のレジリエンス力を高める時に来ているのではないでしょうか。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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