危機管理における最優先事項
こんにちは、日本防災デザイン代表の志村邦彦です。
熊本県を中心とする九州地方での大雨の影響で、被災された多くの方々には、心からお見舞いを申し上げます。
前回のコラムでも取りあげた「複合災害」ですが、COVID-19危機が続く中、残念ながら、大雨による洪水、土石流、地すべり等で、発生してしまいました。
危機管理の優先事項といえば、「人命第一」です。
今回は、複合災害のような危機対応にあたり、優先すべき考え方について触れてみたいと思います。
株式会社日本防災デザイン 代表・志村邦彦
【プロフィール】2011年3月11日の東日本大震災を東京電力の執行役員として経験。災害時における効果的な組織体制づくりの必要性を認識し、2014年8月に熊丸由布治(CTO)と共に当社を創業。
危機対応に外せない3つの優先項目
ICS(インシデントコマンドシステム)では、災害対応の優先事項として、「人命尊重」「財産・環境の保全」「災害の被害拡大防止」という3つをかかげています。
この考え方は、米国の危機対応標準である国家インシデント管理システム(NIMS)でも、「目的」として標記されています(NIMS2008年版、P.1)。
同様の考え方は、日本の災害対策基本法にも、「国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため」(第1条)、「災害が発生した場合における被害の最小化及びその迅速な回復を図る」(第2条)ことと明記されておりますので、上記3項目はグローバルスタンダードなのかもしれません。
日米の大きな違い:「機会コスト」の考え方
日米の基本理念は違わないものの、危機対応の方法論については大きな違いがあります。
その一番の違いは、「機会コスト(Opportunity Cost)」の考え方が反映されているかどうかだと思います。
機会コストとは、ビジネスでは財務管理で使われる言葉です。限られた資源量で、同一時間内に、ある行為を選択すれば、それ以外の行為をする「機会」が失われるわけで、「どの選択肢を使えば、最大の効用」を得られるかという考え方です。
時間と投入する資源量に限りがある
甚大災害や、その複合災害においては、初期投入できる資源量(ヒト、モノ等)には限界があり、人命を救える時間も限られています。
機会コストの観点では「何が一番最適な選択肢か」になりますが、
裏を返せば「何をやっていてはいけないのか」「最悪な選択肢は何か」という問いにもなります。
やってはいけないこと
機会コストの観点から、「やってはいけないこと」を一言で言うなら、「発災後の『調整作業』に、必要以上の時間と労力を使うこと」です。
調整作業に忙殺され、現場指揮者が本来行うべき的確な意思決定ための時間が確保できなかったり、必要な情報が獲得できないようでは、「機会ロス」が発生していると言えます。
大切なことは、現場指揮者が意思決定に集中できて、第一線の対応者が危機対応に専念できる環境を整えることです。
「調整作業」の軽減
複合災害の対応に当たっては、自社のみで単独でできることにも限界があります。また、公設消防、警察、自衛隊も、原則的には市民救助が優先で、事業者支援は、その次の事項になります。多くの自治体の条例ではその旨が規定されていますので、あらかじめ協定等を結んでおくことも有効かと思われます。
また、実際には、「調整作業」のほとんどは組織内で発生しています。
御社では、下記への回答が共通認識として共有されており、調整なくして進むのでしょうか?
・危機対応ごとにどのような組織を作るのか
・だれが、どこで指揮を執るのか
・人や物資の発注権限はどこにあるのか
・状況把握、情報共有化はどうするのか
・対応のPDCAは継続的にどのように回すのか
・広報、メディア対応をどうするのか 等々
「調整作業」の反省から
インシデント・コマンド・システム(ICS)の開発は、1970年代初めに多発したカリフォルニア森林火災の教訓に端を発しています。背景としては、広大な火災のため周辺地区の消防隊、警察、消防団も駆けつけますが、お互い言葉の意味を取り違えたり、指揮命令系統が不明確だったり、情報の収集や共有ができなかったりと大混乱し、その都度調整を繰り返したことから、標準化の動きへと進みました。その後9.11全米同時多発テロ(2001年)を経過して、米国の国家標準として、国内のあらゆる組織体に遵守することが義務化されています。
主な内容は次のとおりです。
・オールハザードの概念で、災害対応を包括的にとらえる
・用語を統一する
・指揮命令・管理範囲の原則を遵守する
・現地指揮所と本部との役割を明確化する
・組織編制の基本型を標準化する
・組織拡張・縮小の原則を統一する 等々
これらのことは、突き詰めるところ、ICSを共通概念として組織の内外に浸透することにより、「調整作業を極力軽減する」ことになります。
創造性を生み出すために
今回のCOVID-19禍をみるまでもなく、危機が巨大化し、複合化し、複雑化すればするほど、その対応には関係者の「創造性」が求められます。
短時間でも集中して熟慮断行できるようにするためには、「調整業務」という機会コストをICSで補うことも真剣に検討してもよいのでなないでしょうか。(残念ながら日本にはICSのような標準的な考え方はありません)
「諸外国と比べて日本の場合、一人ひとりの個人は極めて高い危機対応意識と能力を持っているが、組織となると、単一企業でも、多機関連携でも、極めて脆弱であり、その背景には『調整の困難性』が大いにある」と言う議論がされています。
危機対応に、「十分に調整された連携組織」と「未調整の組織の単なる集まり」であれば、どちらに機会コストが発生するかは明確です。 効率的な危機対応により一人でも多くの命が救われ、財産・環境が保全され、少しでも被害拡大防止につながることを願います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
【関連情報】日本一わかりやすいICSのコラム一覧
【第1回】インシデントコマンドシステムの概要・インシデントとは何か?
【第4回】インシデントが起きたら初めにやること①:まずは指揮者(Incident Commander)を決めよ
【第5回】インシデントが起きたら初めにやること②:被害状況を把握せよ
【第6回】インシデントが起きたら初めにやること③:「何はともあれ人命優先」が危機対応の最大原則
【第7回】インシデントが起きたら初めにやること④:メンバーのチェックイン、チェックアウト
【第14回】インシデント・コマンド・システムにおける目標設定
【第15回】計画(IAP:インシデントアクションプラン)を立てる
【第16回】事態対処部門(Operations Section)の役割・組織編成のやり方
【関連情報】ICSのセミナー情報
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